○「ひとの目、驚異の進化~4づのすごい視覚能力があるわけ~」 マーク・チャンギージー著 インターシフト刊
気鋭の認知科学者マーク・チャンギージーが、私たち人間の視覚について、斬新な切り口でそのなぞについて新説を立てています。人間の視覚には、
があり、私たちは知らず知らずにその恩恵を被っているとマークは述べます。
1.感情を読むテレパシーの力~カラフルな色覚を進化させたわけ~
私たちは色覚を知覚するために、錐体細胞を網膜に備えています。その錐体細胞の3種あるうちの2種が、肌の色を知覚するのに特化している、と錐体波長感度からマークは推測します。お互いの表情を読むために視覚が進化したというのです。人間はそれほど社会的な生物といえるでしょう。
2.透視する力~目が横ではなく、前についていると便利なわけ~
もしあなたが悪戯好きな魔女にリスに変身させられ、森の中をチンパンジーに追いかけられたら、どこに逃げてもチンパンジーに見透かされていると感じることでしょう。こんな、興味深い喩えから、人間の透視する力とはどんなものかを検証していきます。ふたつの目が前についていることにより、草むらなどから草の隙間を通してその向こうを透視できることは、700万年もの間、狩猟を主としてきた私たちの祖先にとって、大変重要な能力だったことでしょう。
3.未来を予見する力~現在を知覚するには、未来を見る必要があるわけ~
私たち人には未来を予見する力がある、その証拠が錯視をしてしまうことだ、とマークは主張します。幾何学的錯視は私たちの認知の誤りではなく、‘迫りくるボールに気づく’など、未来を予見しようとする結果に起こったものなのです。錯視ではなく未来視と言えるかもしれません。
4.霊読する力~脳が文字をうまく処理できるわけ~
私たちの文字の多くは自然界のものに似せて作られている。その結果、視覚に馴染みがあり脳でうまく処理できるのである、と述べられています。英語、アラビア語、漢字、ハングルなど色々な文字の実例で検証しており、興味深い仮説です。
いままで、誰も主張してこなかった説を発表した著者に、敬意を表したいと思います。
○「視覚世界の謎に迫る」 山口真美著 講談社ブルーバックス刊
ほとんど視力ゼロの新生児が飛んでくるボールを避けられるのはなぜか?
本の帯にはこんな文章が書かれていました。なぜだと思いますか?
答えは、視力には2種類あるからです。絵画鑑賞などじっくりとモノを観察する時の視力と、スポーツなどでボールを追う時の視力は別物なのです。正確に言うと、別の脳処理をするのです。前者をじっくり視力、後者をさっさか視力とます。じっくり視力は「皮質(大脳皮質)」で、さっさか視力は「皮質下(大脳皮質下)」で処理されます。「皮質下」は、反射に近い行動に関係し、意識に上る前の行動をつかさどり、「皮質」は、より高度な認識や意識的な判断などを処理します。
さっさか視力は危険認知に役立つため、生まれてすぐの赤ちゃんでも発達が早いのです。そのため、飛んでくるボールに気づくことができるのです。
この本にはほかにもネコを使った視力発達実験や、見えているのに半分の空間を無視してしまう半側空間無視の人の例など、興味深い研究が報告されています。脳科学的にも大変ためになりますので、ぜひご一読を。
○「視覚はよみがえる~三次元のクオリア~」 スーザン・バリー著 筑摩書房刊
この本は衝撃を受けました。
神経生物学者のスーザン・バリーは幼少期からの内斜視のため、両眼視(両方の目で見ること)による‘立体視力’を発達させることができませんでした。スーは自分に立体視力がないことを、大学時代、視覚に関する講座のなかで気づきます。月日が経ち47才になったスーは知人の勧めで、オプトメトリスト(視能訓練のスペシャリスト)による視覚のトレーニングを受け、集中力と根気のいる訓練を経て、立体視をすることができるようになります。
通常、生後3,4年のうちに立体視力を発達させないと、一生身につけられなくなるとされています。広く見積もっても生後6か月~9才までが‘臨界期’です。それなのにスーは中年の女性です。ビックリです。
スーが特別というわけではなく、彼女の事例が全米で公になると、「自分も成人してから立体視を得た」という人が続々と現れたそうです。
米国では2006年に「立体視のスー(Stereo Sue)」として神経学者のオリバー・サックスによりニューヨーカー誌に発表されたそうです。日本での発行は2010年です。最近の事例なので、日本ではまだまだ知らない人が多いと思います。
これは、斜視の方で立体視ができない人には、本当に希望が持てる報告書です。また、脳の可塑性、適応性の秘めたる可能性に、他の疾患を持つ人々にも力を与えてくれる内容です。
著者が神経の専門家ということもあり、記述が的確で詳細なことも、この本の価値をさらに高めています。多くの眼科・眼鏡関連の方に読んでいただきたい一書です。